ヨハネ福音書7章37~52節「人の間に流れる愛の水」2月2日

「渇く人」、それは喉の渇きではなく、心渇き、愛が渇き、自分自身にも、他者にも虚ろな感情しか持てない人。その姿は時に虚無や不信、否定する姿として表れ、攻撃的にもなります。その心に主イエスは信頼と愛と希望をお与えになるのです。昨日の箇所に引き続き、ここでも「主イエスとは」との議論が起こり、対立が生まれます。「対立」や「争い」が生まれる土壌は「知らない」ゆえです。出会っていないのに、あの宗教の人は、とか、あの国の人はとか、一部の誤った情報に人間は翻弄されています。決めつけることなしに、その人と向き合い、対話することで、理解し合うことも、違いがあることも知り得ましょう。「偏見」ではない、心通う命の泉がそこに流れます。

<日本バプテスト連盟教会・伝道所等を覚えての祈り> 小倉春ケ丘バプテスト教会。福岡県北九州市小倉南区春ケ丘3-3にあります。祈りの課題は以下です。①無牧師の中、礼拝がまもられるように。②専任の牧師が与えられますように。③地域に根差した教会になるように。代表執事・高松由希子