ガラテヤ書3章1~6、26~28節 「キリストに結ばれ、キリストを着る」 5月12日

パウロはガラテヤ書を苦々しい思いと同時に溢れる信仰と愛をもって記しています。ガラテヤ教会には問題がありました。それは異邦人を中心とした教会にユダヤ律法主義を強く持つ信徒が律法を守ることを教え、それになびく人がいたことです。そこには「信仰による義」ということに頼りがおけず、何か行為や儀式という見える形での保障が欲しいという人間の心があります。外面的な印や証明書のようなものです。しかし「見えるもの」は限界や格差があります。パウロは信仰の歩みを「聞き従う歩み」、また「キリストを着る」という表現をします。「着る」は見えない制服や意識のような感じでしょうか。「キリストを着る」という表現をうまく言える人はいないかしら?

<日本バプテスト連盟教会・伝道所等を覚えての祈り> 平塚バプテスト教会。平塚市豊原町4-5にあります。祈りの課題は以下です。①平野健治牧師との新しい歩みに祝福を。②「こひつじひろば」が地域に用いられますように。③教会財政が満たされますように。牧師・平野 健治