Ⅰコリント1章26~31節「義と聖と贖いであるキリスト」9月28日

26節の「召されたとき」とは神から招かれ応えた時。「召された」とは人の死のことも言うので、不思議だなぁと思っていました。「召命」と「召天」という言葉から色々考えられます。「人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく…」との言葉は「私は頭が良い、知恵がある」と思う人は嫌でしょうが、私は、本当にそうだ、と思います。頭悪かったからね。キリストが「義と聖と贖いとなった」。「義」は「神がふさわしい者にしてくれた」「聖」は「神がご自分の責任においてご自分の所有として用いてくださった」、「贖い」は「神が罪をすべて赦してくださった」こと。すべて主語は「神」です。今日はF・Cさんのお誕生日おめでとうございます。

<日本バプテスト連盟教会・伝道所等を覚えての祈り> 日本バプテスト連盟女性連合。祈りの課題は以下です。①10月23日~25日第47回女性連合総会・信徒大会の祝福。②世界バプテスト祈祷週間の恵み(11月24日~12月1日)。『世の光』の購読推進と守り導き。会長・吉高 路(市川八幡教会員)、幹事・米本裕見子(東京北教会協力牧師)